1月7日、8日の日記
大晦日の夜はふて寝をした。
釣れなかった3日間に人並みに落ち込んだわけだが、
新年は早々に仕事のため、リベンジというわけにもいかなかった。
昨年の12月に入った頃、なんとなく、しばらく釣果を得られないかもしれないという予感が頭をよぎった。
近場でのサーフの釣り、河口の釣り、また南紀のヘビーからライトなものまで、色々な釣りをしたのだけど、
コツリとも魚信を得ることは無かった。
その時々、真剣に釣りをしているはずなんだが、まったく不思議なものである。
なんとなく、私には「幸運の釣果」の数が決まっているのかもしれないと、昔から思う事があった。
自分で言うのもなんだが、釣りの腕、テクニックは平均以下だと思う。
引き出しも少ないし、僅かな事を繰り返しているに過ぎない。
大の「太糸派」でもあるしね。
もしかしたら、ただ、気持ちだけで釣りをしていて、僅かな自身の幸運のストックを釣果にしている様なものかも知れない。
ま、いわゆる、釣り運を使い果たしてしまったのかも。
当日の予報では夜間は雨であった。
朝にはあがるそうだが、かなり強い風が吹く感じである。
道中、眠くて仕方がなかったので、あともう少しの距離まで来て仮眠をとった。
年々、夜中の走行が辛くなっている。
うっすらと明るくなった頃、車を走らせ海の様子を見る事にする。
潮岬まで行ったが、時化の海が広がっていた。
とてもではないが、釣りができる状況には思えない。
暗い内に降りていれば、かなり怖い思いをしただろう。
これは外磯は無理かもしれないと、第二のプランで考えていた磯へと行ってみる。
十年ぶりとかなので、まるで新規の場所へ行く感覚だ。
ここなら大丈夫だろうと思っていたが、かなり怖い思いをしながらの実釣となった。
時折、すごいウネリがきて怖い。
トップもやったし、しっかりとジグで探してもみた。
しばらくして、リーリングする左手首に鈍痛をおぼえる。
ジグをジャークさせる度に痛みが少しずつ増すのだった。
それでも、昼過ぎまでここでは釣りをした。
まったく、かすりもしなかった。
その後、漁港にて遠投サビキの釣りをしてみた。
おそらく、10メートル近い横風にてんやわんやであった。
アミエビのあの汁が防寒のズボンをベタベタにした。
そして、なんとボウズである。
小アジさえもが喰わないのである。
それから、急いで磯へと向かった。
年末の釣行で夕まずめ、アオリをねらっていた場所だったが、完全に暗くなる前の一瞬、ガバガバ!!っと青物が沸いたのだった。
釣り納め三日間の唯一の青物の気配だった。
もしかしたら、その時間に差してくるのではないか。
そう思って、日没の頃を釣りしてみようと思った。
しかし、結果は何も無かった。
海の雰囲気は素晴らしいものだったが、どうしても魚信が無い。
明日の予報も強い風が吹くとの事だったので、諦めて三重へと帰ることにした。
朝だけ、帰りの道中でやってみようと。
結局、ここでも山側からの強風に苦戦することになる、
時折、ブハッと絡んだPEラインがガイドを鳴らして飛んで行くのだった。
注意してやっても、三度もなった。
ブルーランナーはそこに居た。
磯の際にいる極小ベイトめがけて、ガボガボと荒ぶった。
トップやミノーにはまるで反応しない。
何度も足元での捕食は繰り返されたが、私のキャストするルアーに反応することは無かった。
懐かしい敗北感であった。
釣りを終えて、少し話して帰路へと着いた。
その夜、手首が腫れた。
加齢とはおそろしいものだ。
今、南紀にてこれを書いている。
便利?な世の中になったなあ。
それでは
大晦日の夜はふて寝をした。
釣れなかった3日間に人並みに落ち込んだわけだが、
新年は早々に仕事のため、リベンジというわけにもいかなかった。
昨年の12月に入った頃、なんとなく、しばらく釣果を得られないかもしれないという予感が頭をよぎった。
近場でのサーフの釣り、河口の釣り、また南紀のヘビーからライトなものまで、色々な釣りをしたのだけど、
コツリとも魚信を得ることは無かった。
その時々、真剣に釣りをしているはずなんだが、まったく不思議なものである。
なんとなく、私には「幸運の釣果」の数が決まっているのかもしれないと、昔から思う事があった。
自分で言うのもなんだが、釣りの腕、テクニックは平均以下だと思う。
引き出しも少ないし、僅かな事を繰り返しているに過ぎない。
大の「太糸派」でもあるしね。
もしかしたら、ただ、気持ちだけで釣りをしていて、僅かな自身の幸運のストックを釣果にしている様なものかも知れない。
ま、いわゆる、釣り運を使い果たしてしまったのかも。
当日の予報では夜間は雨であった。
朝にはあがるそうだが、かなり強い風が吹く感じである。
道中、眠くて仕方がなかったので、あともう少しの距離まで来て仮眠をとった。
年々、夜中の走行が辛くなっている。
うっすらと明るくなった頃、車を走らせ海の様子を見る事にする。
潮岬まで行ったが、時化の海が広がっていた。
とてもではないが、釣りができる状況には思えない。
暗い内に降りていれば、かなり怖い思いをしただろう。
これは外磯は無理かもしれないと、第二のプランで考えていた磯へと行ってみる。
十年ぶりとかなので、まるで新規の場所へ行く感覚だ。
ここなら大丈夫だろうと思っていたが、かなり怖い思いをしながらの実釣となった。
時折、すごいウネリがきて怖い。
トップもやったし、しっかりとジグで探してもみた。
しばらくして、リーリングする左手首に鈍痛をおぼえる。
ジグをジャークさせる度に痛みが少しずつ増すのだった。
それでも、昼過ぎまでここでは釣りをした。
まったく、かすりもしなかった。
その後、漁港にて遠投サビキの釣りをしてみた。
おそらく、10メートル近い横風にてんやわんやであった。
アミエビのあの汁が防寒のズボンをベタベタにした。
そして、なんとボウズである。
小アジさえもが喰わないのである。
それから、急いで磯へと向かった。
年末の釣行で夕まずめ、アオリをねらっていた場所だったが、完全に暗くなる前の一瞬、ガバガバ!!っと青物が沸いたのだった。
釣り納め三日間の唯一の青物の気配だった。
もしかしたら、その時間に差してくるのではないか。
そう思って、日没の頃を釣りしてみようと思った。
しかし、結果は何も無かった。
海の雰囲気は素晴らしいものだったが、どうしても魚信が無い。
明日の予報も強い風が吹くとの事だったので、諦めて三重へと帰ることにした。
朝だけ、帰りの道中でやってみようと。
結局、ここでも山側からの強風に苦戦することになる、
時折、ブハッと絡んだPEラインがガイドを鳴らして飛んで行くのだった。
注意してやっても、三度もなった。
ブルーランナーはそこに居た。
磯の際にいる極小ベイトめがけて、ガボガボと荒ぶった。
トップやミノーにはまるで反応しない。
何度も足元での捕食は繰り返されたが、私のキャストするルアーに反応することは無かった。
懐かしい敗北感であった。
釣りを終えて、少し話して帰路へと着いた。
その夜、手首が腫れた。
加齢とはおそろしいものだ。
今、南紀にてこれを書いている。
便利?な世の中になったなあ。
それでは